黄昏の刻 第4話


「いい加減にしろお前ら!それだけは認めないからな!!」

ルルーシュは大声で怒鳴り付けた。
だが、誰にも聞こえなかった。
聞こえないと解っている以上無駄な叫びなのだが、それでも叫ばずにはいられない。
だっておかしいだろう?
日本らしい祭壇を設置するのはいい。
此処は日本で、日本の地に祀るのだから、まあいいんだ。
その祭壇が信じられないほど豪華に飾り立てられているのも・・・まあ、良しとしよう。
何せ仮にも皇帝だった人間の鎮魂のための葬儀だ。
それなりの物を用意するのは致しかたない。
・・・費用の面を考えると胃が痛む思いだが。
大体密葬なのだから、どうしてこんなに・・・いや、考えるな俺。
俺は既に死んでいる。
懐事情を考えるのは俺ではないのだから、考えるな。
シュナイゼルに任せろ。
問題は、見た目が信じられないほど豪華な祭壇中央にある遺影だ。
思わず何度も確認してしまうが、何度確認しても遺影に変化はない。

「なんで・・・なんでっ!俺の遺影がルル子なんだ!!!」

ふざけるな!
中央に鎮座している遺影は男女逆転祭りの際撮影されたルル子の写真だった。
これはなんだ?悪逆皇帝に女装趣味があったと、そう言いたいのかオイ。
持ってきたの誰だ?
本気で祟るぞ。
俺が怒っている事を知らしめるためにも、どうにか遺影を動かすなり、外すなり出来ないかと試行錯誤を繰り返しているのだが、やはりうまくいかない。
棺の上に登ったりは出来るのに、遺影には触れない。
一体何が違うというんだ!
そんな思いで、無駄な抵抗を続けていると。

「これが、お兄様なのですね」

背後から聞こえた声に、ルルーシュはハッとなり振り返った。
そこには、ゼロに抱きかかえられたナナリーが居た。
ナナリーの顔は泣きはらしたため赤くなっていて、その痛々しい顔に心臓がわしづかみにされる思いだった。
心臓などもう無いのだが。
畳み敷きのこの場所に車いすは入れないため、ゼロが祭壇前までナナリーを運んだ。
スザクが、ナナリーを抱きあげて歩く姿を見られるなんて。
ああ、何てしっくりくる光景なんだ。
その仮面がなければもっといいのに!
やはりナナリーの騎士はスザク、お前しかいなかったのだ。
ああ、だがゼロとなった以上もう騎士には戻れないのか。
スザクも書類上は死者だしな。
くそっ、何て悩ましいっ!

「おいカレン、座布団だ!座布団を出せ!それとお茶も用意してナナリーに出すんだ!お茶菓子もあるなら一緒に用意しろ!」

その声が聞こえたのか、カレンはゼロとナナリーに気がつくと、座布団を運んで来て、ゼロはナナリーをその上に下ろした。
お茶とお茶菓子が足りないが、まあ良しとしよう。

「男女楽典祭りの頃はまだ目が見えませんでしたが・・・本当にお美しいです、お兄様」

その両目を潤ませて、ナナリーは遺影を見つめて笑みを浮かべた。
ふと、あの日の事を思い出す。
ナナリーは、自分一人だけ見えない事を残念がっていた。
その目が開き、見たかったものが見えているのだから嬉しいのは当然か。

「ほんっとに、腹が立つぐらい美人よね」

カレンも笑顔で言った。泣きはらした顔を化粧で誤魔化してはいるため、ナナリーほど痛々しい印象はない。
化粧は偉大だな。思わずそんな感想を抱いてしまう。
ナナリーとカレンが笑顔になったのなら、遺影がルル子で良かったのかもしれない。そんな風に思えるのだから、不思議なものだ。

「うん、綺麗だよね。男にしておくのがもったいないよ」

近くにいるのがカレンとナナリーだけだからか、ゼロはスザクとして話した。

「おいこらスザク。気を緩め過ぎだ馬鹿。いくら気付かれていたとしても!ゼロを演じ通せ!!周りには二人以外にもいるんだぞ!」

と言うか何でここにいるんだ!
お前、仕事どうした仕事!!
当然そんな俺の文句は以下略

「ほんとよね。あ、でもルルーシュが女だったら、私と結婚出来なかったから、男でよかったわ」

・・・ん?
なんかおかしなことを言わなかったか、カレン。
俺の聞き間違いだよな?

「・・・結婚って、何の話かな、カレン」

ああ、聞き間違いじゃなかったか、良かった。
・・・良かったのか?

「ルルーシュと私の結婚の話。ルルーシュは私の夫だから、遺骨は妻である私が持って帰るからね」

にっこり笑顔で宣言されて、周りの空気はピシリと凍りついた。
結婚とはあの結婚の事だろうか?話の流れからするに、俺とカレンの結婚だと思うのだが、何の事だかさっぱり解らない。大体、俺の妻となった所で、世界の憎しみを浴びることになるだけで利点など何も無いのだが。

「・・・何のお話ですか、カレンさん?」

ナナリーが感情をこめない声で尋ねた。あの、ナナリーが、感情をこめない声でだ。見ると、表情を無くしたナナリーが、じっとカレンを見つめていた。
・・・ああ、ナナリー。
そんな顔のお前も何て愛らしいんだ。
まるでお人形のようだ。
だが、俺は明るい笑顔のお前の方がもっと大好きだぞ!

「詳しく、聞かせてくれるかな・・・」

おいスザク、何だその声は。
まるで地の底から這い出てきた悪霊のような声じゃないか。
悪霊?それは今の俺か。悪霊の声はこうして誰にも聞こえないのだから、その表現は間違っているという事になるな。まあそれはいいとして、そんな声を出したらナナリーが怖がるだろう。

「詳しくも何も、そのままの意味よ。ルルーシュはね、紅月・ルルーシュ・ランペルージ、私の夫なのよ。知らなかった?」

うちに婿入りしてたのよ。
だから、遺骨は私のもの。
見ると、カレンの目は座っていて、ものすごく怖かった。

「ルルーシュの財産目当てか?」

スザクは可能性の一つを提示した。
だが、俺の隠し資産はともかく、悪逆皇帝に私財はない。
ああ、しまった。悪逆皇帝業にいそしむあまり、俺の隠し資産の始末を忘れていた。どうにかこの体でも物に触れるようにして、銀行データをいじり、俺が用意したC.C.の口座にでも移動させるか。あいつは放浪するし、ピザが主食なうえに不老不死だから、金はいくらあっても困らないだろう。

「まさか。悪逆皇帝に財産なんてないでしょ」

解っていたのかカレン。
財産ではないとしたら、あとはなんだ?

「・・・ということは、遺骨・・・いや、位牌が欲しいから、ということかな」

突然聞こえてきた男の声に慌てて視線を向けると、そこには憔悴した顔の藤堂が立っていた。眼が赤いが、もしかしてお前泣いたのか?いや、それはないか。ああ、きっと開放された記念に連日祝い酒でも飲んでるんだろう。おい藤堂、酔っぱらいはナナリーに近づくな。
カレンは一度藤堂を見た後、視線をそむけた。

「そ、そんなんじゃないです。私たちは、その、本当に結婚を」

だから私の家の仏壇に、お兄ちゃんの横にルルーシュを置くのは当たり前なので。
しどろもどろに応えるカレンに、呆れたように息を零した者がいた。

「ルルーシュとカレンが結婚しているはずがないよ。そんな嘘、僕には通じない」

スザク・・・じゃない、ゼロはきっぱりと断言した。
何だスザク、今のお前凄く頼りになる男と言う感じがするぞ。
口調がスザクなのは気に入らないが、いいぞ、もっとやれ!

「あら?どうしてそう言い切れるのかしら?」
「言い切れるさ。ルルーシュは童貞だからね」

結婚、つまり夫婦だったなら、必ず関係を持ったはずだ。
だが、ルルーシュは未経験!綺麗な体のままなのはまちがいない!
きっと、この8年の間で僕以外は誰も触っていないはずだ!
きっぱり断言された言葉に、俺は思わず両手を畳に着けて項垂れた。
スザクよ、それを堂々と此処で公言するとはどういう了見だ。
確かにお前は俺の遺体を洗う時、俺のモノを洗ってはいたが、そんな思いで洗ってたのか?ああ、子供のまま死んだんだね、とか考えてたのか?なあスザク、何で俺は死後、お前にこんな意味での辱めを受けなければならないんだ?
藤堂は咳払いし、カレンはポカンと驚いた顔でスザクを見た。
仮面をつけているから解りにくいが、ドヤ顔をしているに違いない。くそ、腹が立つ。

「何をそんなに驚かれているんですか、カレンさん」

愛らしい天使のような声と笑顔でナナリーが言った。
ああ、ナナリーなんて愛らしいんだ。
やはりナナリーには笑顔が似合っている。
死んでも尚ナナリーの笑顔を見られるなんて、俺は幸せ者だ。

「私と言う最愛の妹がありながら、お兄様がどこの馬の骨とも解らない女性の元に行くはずがありません。だから、間違いなく童貞ですよ?」

当たり前じゃないですか。
きっぱりと言い放たれたその言葉に、ルルーシュは床に突っ伏した。
ナナナナナナ、ナ、ナナリーの口から、あ、あんな、どど、ど、どう・・・ええい!そんな言葉が出てくるなんてあり得ない!!ナナリーの可憐な声で聞こえるはずがない!幻聴だ!幻聴に決まっている!
だが、俺のそんな思いもむなしく、俺の頭上ではカレンとナナリー、そしてゼロスザクが、その話題で口論を始めてしまった。
止めてくれ、その単語を俺の頭上で連呼しないでくれ。
そんな思いは当然伝わらない。

「そんなはずないでしょ!ルルーシュすっごいモテモテだったのよ!なにより、私も1度誘われたわ!」

女なら慰め方があるだろうって!
イコールそう言う事でしょ!

「・・・一度誘われた、ですか。でもその誘いには乗らなかったんですよね?」

にっこり笑顔でナナリーはその言葉の致命的なミスをつついた。
お兄様に、誘われたなんて・・・万死に値します。
そんな言葉が聞こえた気がするが、あり得ない。ナナリーが言うはずはない!これはきっと他の悪霊か何かが俺を惑わせようとささやいているのだ。そうに違いない。

「そりゃ、乗らないわよ。ちょっと悩んだけど、あんな自暴自棄になってるルルーシュと・・・あ!」

カレンはしまったという様に顔をゆがめた。

「一度しか誘われてないうえに、断ったんですね?」

にこにこ笑顔でナナリーはとどめを刺す。
この時点でカレンが俺と結婚していたという話は嘘だと確定したわけだ。
ん?いやまて、日本を取り戻すまで清い関係で、という設定は・・・いや、それなら恋人同士でいるはずだから、やはり無理があるか。しかし、C.C.と一緒だった上に同室で同衾し、更には愛人とまで言われてたのだから、あいつと関係があったとは誰も思わないのか。今こうして冷静に考えれば、そう思われてもおかしくなかったんじゃないかと思うのだがどうだろうか?誰かその事に気づいて話題に上げてくれないだろうか。

「何であいつあんなに女の子にモッテモテだったのに未経験なのよ!」

108人とデートしてたじゃない!女たらしだから絶対経験してると思ったのに作戦台無しじゃないの!ルルーシュの馬鹿!!
自分もモテモテなのに恋人がいない事は完全に棚上げして、カレンは叫んだ。
叫ぶカレンに、俺が悪いのか?俺はナナリーがいればそれで十分だっただけだ。ナナリーがいるのに女性と付き合いたいとか考えた事など無いし、恋人が出来たらナナリーとの時間が減るじゃないかと抗議したいが、無理なのは解りきっていた。

「カレン君、今回ルルーシュ君の位牌は祀るのだから個人でもって行くわけにはいかないだろう。だから遺骨の一部は、希望者に分骨する事にしたらどうだろうか。実は、先ほどカグヤ様も君と同じように騒がれてな・・・」

妻である自分がルルーシュの位牌と遺骨を・・・と。
いい事を言ったな藤堂!そう、これから祀るのだから、位牌と遺骨は神社に収めるのが正しいのだ。それなのにどうして所有権を主張するんだおまえら。
って違う!今突っ込むべきはそれじゃない!

「いや待て、お前たち!カグヤは自称ゼロの妻だろう!俺の妻でどうするんだ!」

そこはきっちりやっておけ!
万が一にも初代ゼロが俺だとばれる行動はするなよ!!
ルルーシュの叫びはいつものごとくスルーされた。

「分骨ですか。じゃあ家族でなくても遺骨は貰えるんですね」
「ああ。ペンダント形の骨壷があるらしくて、それを現在取り寄せている所だ」

ペンダントの時点で分骨するのは小さなかけら程度になるが。
カレンは喜び、「じゃあ妻じゃなくていいです!」と、あっさり嘘だとばらした。
俺の骨を持ち歩く気かお前。

「私も用意してもらえますか?スザクさんもいりますよね」
「うん、もちろんだよ」

もちろんじゃないだろう馬鹿スザク!名前呼ばれて返事するなコラ!
お前今ゼロだろうが!
いや、そうじゃない、そう言う馬鹿げたことは止めさせろ!世界に祟りをもたらさないために祀るとか言って、分骨してたら意味がないだろうに!!俺の骨は一所に収めて、しっかりと鎮めておけ!お前神社の息子だろうに!その辺考えろ馬鹿!!
そんなルルーシュの思いなど当然伝わることなく、葬儀の準備は着実に進められていった。そんな中、どたどたと、葬儀の場に相応しくない足音が辺りに響いた。

「出来た出来た出来たーっ!おまえら、待たせたな!!玉城様の力作を拝みやがれ!!」

明るく大きな声で叫びながらやってきたのは玉城。
おい馬鹿、ナナリーが驚くだろう、走るな馬鹿!
どたどたと走ってきた玉城は、なにやら額縁のような物を抱えて持っていた。

「見ろカレン!」

どどん。と、玉城が取り出したのは遺影。
・・・しかも。

「この、馬鹿が!!!何でこの写真なんだ玉城!お前馬鹿か?馬鹿だろう!?ああ、馬鹿だったなお前はな!馬鹿じゃなきゃ用意しないよなこんなもの!」

これは、これだけは許さんぞ!
玉城が手にしている遺影。
その写真に映っていたのはゼロだった。
しかも、ブラックリベリオンより前の、演説中のゼロの写真だ。

「これ、初期ゼロじゃない!玉城、どうしたのこれ!」

カレンがキラキラとした目で遺影を玉城から奪い取り、食い入るように見つめた。初期の衣装で間違いなく俺だと解るが、それわかるの中身知ってる人間だけだからな。だから初期ゼロとか言うな!中身が違うとばれたらどうするんだ!
というか、それをここに出したら、ゼロの中身が俺だったと言っているようなものだろうが!!駄目だろう!ゼロの中身はトップシークレット!
むしろ中の人なんていないんだ!!
だから、堂々と飾るな!!
そんな俺の思いなど毎度のごとく通じるはずもなく、ルル子の写真の横に初期ゼロの写真が飾られることとなった。
なんだこれは。
駄目だ、駄目すぎるだろう!
誰か止めろよ!
藤堂、いい笑顔で頷いてる場合じゃないだろう!
おいこらラクシャータ、お前もいい写真ねとか言ってる場合か!
誰か止めてくれこいつらを!!
ルルーシュの悲痛な声など誰にも届くことなく、粛々とお通夜の準備が進められた。

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